館林キリスト教会

トピック集

ステップテキスト

子どもイエス

祈りについて (ステップテキスト8)

「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈りと願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう」

新約聖書、ピリピ人への手紙、4章6、7節

1 祈りは人間のまごころ

今日はお祈りについて話しましょう。聖書の中に「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう」という言葉があります。
これはつまり「神様に求めなさい。祈りなさい。そうすれば、あなたが求めるものは神様によって与えられます。神様に対して門をたたきなさい。そうすれば、神様はあなたのために、救いと祝福の門を開いてくださるでしょう」という意味の、神様のお約束の言葉です。
たぶんみなさんも、神社やお寺でお祈りしたことがあるでしょうし、また、困った時や、苦しい時には「神様に助けてもらいたい」という気持ちになったこともあるでしょう。
場合によっては「今の私の気持ちは、人に誉められようとか、悪口を言われまいとか、儲かるだろうか、損をするだろうか、というような、そんなことは超越している。ただわたしはどうしてもこのことをしなければならないのだ。神々も照覧あれ」という真剣な気持ちになることもあります。つまり祈らずにはいられない状態です。
たしかに「祈るときに人間はもっとも真剣だ」といえるのではないでしょうか。

2 神との会話

いったい昔から「男の人は働いている姿が一番立派だ。女の人は眠っている顔が一番かわいい」などと言いますが、だれでも祈っている姿が一番りっぱで、一番気高く、純粋だと思います。
クリスチャンは、神様といつも親しい交わりの中に生活しています。そこに人間と神との会話として、お祈りがあるのです。
仲のいいご夫婦、仲のいい友達でしたら、いつもそこに会話がありますが、ちょうどそのように、お祈りは、クリスチャンと神様との会話です。ですから決まった形式も、決まった用語もありません。自由で自然なものです。ちょうど、人と人の話し合いの時にも、一生懸命お願いすることもあり、あるいは、しみじみ気持ちを打ち明けることもあり、また「助けてくれ」と叫ぶこともあるでしょう。あるいはお互いに顔を見合わせて、ニコニコしているだけのこともあるが、これも一つの楽しい会話です。
そのように、お祈りも、決してきまった形式はありません。形や内容も、その時その時の自由です。

3 5本の指

お祈りするときは、なるべく静かな場所を選んで(廊下の隅でも、寝床の中でも、庭でも)心を静かにしましょう。
そして小さい声でもちゃんと声に出して、文章にまとまるように祈ることをお勧めします。黙祷もいいのですが、お祈りがいつのまにか、考えごとに移行してしまったりするので、声に出して祈るほうがいいと思います。
お祈りの一般的な内容を、5本指を使って話すと分かり易いでしょう。
第一は親指で「天のお父様」と神様をお呼びします。
第二は、人差指です。ここで「神様に感謝」をささげます。神様に感謝すべきことをいろいろ考えて感謝しましょう。食事の時には食事の感謝。夜寝るときにも、一日無事に生活できたこと、また安らかに眠ることができるのも、神様の恵みですから、感謝してやすみます。
こんなふうに、家族一同で神に祈りつつ暮らすあいだに、子供たちにも感謝をするくせがつきます。
人間には文句を言うくせも、泣き言を言うくせも、苦情を言うくせもあるが、謙遜にすなおに、悔い改めるべきことを考え、感謝すべきことを研究するのは、本当にすばらしい習慣ではありませんか。

4 中指の祈り

第三は、中指ですが、これは「悔い改めと信仰」です。
この前話したように、私達は生活の間に、ちょうど身体をよごし、着物を汚すように、罪を犯しますから、それを反省して、神の前に悔い改め、お詫びするのです。毎日お風呂に入り、洗濯をするように、クリスチャンは、罪の悔い改めなしに生活はできません。
家族が集まる家庭礼拝のときに、お父さんが「今日家内に言ったことは悪かった。神様にも申し訳ない」。あるいは「子供に対して私の態度は良くなかった」などと、家族の前で神様に悔い改めたら、家族はお父さんを侮るでしょうか。いいえ、この真実なお父さんはきっと家族からもっと尊敬され、信頼されると思います。とにかく、悔い改めということは非常に大切です。
それから悔い改めと共に、キリストに対して「いま悔い改めたわたしの罪は、キリストの十字架によって許されたと信じます。感謝します」と、お祈りの中で信仰を確認するのです。

5 キリストのみ名

第四は薬指です。ここで私達は、なんでも遠慮なく「神様にお願い」しましょう。
私達には「こんなことがあったら大変だ」という、恐怖がたくさんあります。反対に「こうあってほしい」という願望もたくさんあります。
そのすべてを一つ一つ神様にお祈りします。神様はお祈りに答えて、私達の心と生活を平安のうちに守り、すべて必要なものを与え、ささえて下さいます。
最後に、小指ですが、私達はお祈りの最後に「イエス・キリストの御名によってお祈りします」と唱えます。
その意味はこうです。人間は罪が深いから、自分の資格で神に祈ることはできません。ただイエス・キリストの十字架を信じながら、イエス・キリストの救いに、よりたのみながら祈るのです。そういう意味でイエス・キリストのみ名によってお祈りするのです。
こんなふうに祈りの内容を5つの指に分けて考えることができます。
最後に「ア−メン」というのは「まごころから、真実からの祈りです」という意味です。クリスチャンは文書に署名をするように、お祈りの最後にア−メンという言葉を加えるのです。
これはイエス様がお使いになった原語を、翻訳しないで、そのまま今も、全世界のクリスチャンが使っているのです。
どうぞ、あなたもお祈りの生活にお入りになってください。