館林キリスト教会

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市川副牧師 コラム集(29)

 終わりの日の予型 2014年7月20日

 ルカによる福音書21章5節以降で、イエス様はエルサレム神殿が崩壊する時が来ることを弟子たちに話されました。神殿の崩壊の時がすなわち世の終わりの時だと弟子たちは考えていたようですが「…終わりはすぐにこない。」とイエス様は言われました。しかし、神殿の崩壊は終わりの日のさばきの予型ということができます。24節までにエルサレムに起こることについて、25節以降には終わりの時についてイエス様は教えてくださいました。「また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。」(25節、26節)とあります。自然界の大異変です。エルサレム神殿崩壊のような一つの国の出来事でなく、世界規模の出来事です。人々が「恐怖と不安で気絶する」というほどのとき、「そのとき、大いなる力と栄光とをもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。」(27節)。主が再臨なさるのです。世界中の人々に明らかにわかるようにおいでになります。

 夏が近いと気づくように 2014年7月27日

 ルカによる福音書21章です。「また日と月と星とに、しるしが現れるであろう。そして、地上では、諸国民が悩み、海と大波とのとどろきにおじ惑い、人々は世界に起ろうとする事を思い、恐怖と不安で気絶するであろう。もろもろの天体が揺り動かされるからである。」(25節、26節)。自然界の大異変が起こり始めたなら「これらの事が起りはじめたら、身を起し頭をもたげなさい。あなたがたの救が近づいているのだから」。(28節)。
 救いの完成の時が近づいたのです。主の再臨についてテサロニケ人への第一の手紙4章16節以降に「すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。」(16節、17節)とあります。いちじくの木が芽を出せば夏がすでに近いと気づくように「このようにあなたがたも、これらの事が起るのを見たなら、神の国が近いのだとさとりなさい。」(ルカによる福音書21章31節)。「天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。」(33節)。

 …世の煩いのために心が鈍っているうちに 2014年8月31日

 ルカによる福音書21章です。「あなたがたが放縦や、泥酔や、世の煩いのために心が鈍っているうちに、思いがけないとき、その日がわなのようにあなたがたを捕えることがないように、よく注意していなさい。(34節)。主の日が「わなのようにあなたがたを捕えることがないように、よく注意していなさい。」とは、わたしたち人間の弱さを思いやってくださる主のご注意のみ言葉です。日常のことに心がとらわれ心が弱りきること、この世のことに心が沈み込むこと、などはだれもが陥ることです。このような弱さをかかえるわたしたちに「よく注意していなさい。」と警告してくださいます。「その日は地の全面に住むすべての人に臨むのであるから。」(35節)。
 例外はありません。
 「これらの起ろうとしているすべての事からのがれて、人の子の前に立つことができるように、絶えず目をさまして祈っていなさい」(36節)。

 イエス様の祈り 2014年10月26日

 ルカによる福音書21章37、38節に「イエスは昼のあいだは宮で教え、夜には出て行ってオリブという山で夜をすごしておられた。民衆はみな、み教えを聞こうとして、いつも朝早く宮に行き、イエスのもとに集まった。」とあります。「オリブという山」はイエス様のお祈りの場所でした。
イエス様の祈りの聖書箇所をいくつか挙げてみますと、
 「そして群衆を解散させてから、祈るためひそかに山へ登られた。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。」マタイ福音書14章23節。
 「そして群衆に別れてから、祈るために山へ退かれた。」マルコ福音書6章46節。「しかしイエスは、寂しい所に退いて祈っておられた。」ルカ福音書5章16節。
 イエス様の祈りの生活を教えてくださるみ言葉です。
 「イエスは出て、いつものようにオリブ山に行かれると、弟子たちも従って行った。いつもの場所に着いてから、彼らに言われた、「誘惑に陥らないように祈りなさい」。そしてご自分は、石を投げてとどくほど離れたところへ退き、ひざまずいて、祈って言われた、「父よ、みこころならば、どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころが成るようにしてください」。ルカ福音書22章39〜42節。「イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた。」同22章44節。最後の晩餐ののち、十字架を目前にしてお祈りなさったお姿です。
 救い主イエス様が十字架で死んでくださり、イエス様を信じる人を救ってくださるのは、ただ神様の恵みです。