館林キリスト教会

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礼拝のメッセージ 2001年3月

「赦された恵み、赦す力」 マタイによる福音書18:21〜27 伊藤 牧師 

2001年3月4日
 古今東西、人間関係ほど私たちの生活を悩ますものはないかもしれません。そこに「赦し」の問題は大きく関わっていると思います。
 イエス様が、この「赦さないしもべのたとえ」をお話になったのは、イエス様の話が、罪を犯した兄弟に対する忠告と、戒規の問題に及んだ時、ペテロが口をはさんで、「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか」と言ったことがきっかけでした。
 当時の律法学者たちは、他人の罪を赦す場合、三度が限度であったようです。それは、それ以上赦すと罪を軽視するからよろしくない、ということでした。
 しかしペテロは、自分の寛容ぶりを誇示するかのように、「七たびまでですか」と言ったのです。これに対してイエス様は、「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい」と言われました。これは無限に赦しなさい、という意味です。
 そしてこの赦す力は、赦された恵みを知った人に与えられるのです。(伊藤)

「キリストの心に触れる」  マルコによる福音書5:25〜28 伊藤 牧師 

2001年3月11日
 イエス様は、今死ぬか生きるかの境目にある一少女を助けるために会堂司ヤイロの家に向かっていました。
 イエス様も、案内役のヤイロも、弟子たちも、取り巻く大群衆も、一団となって小走りに道を急いでいます。
 その途中、十二年間も長血の病気で苦しんでいた婦人が群衆の中に紛れ込み、イエス様のみ衣に触れて癒されたという出来事が起こりました。
 この時、イエス様は自分の内から力が出ていったことに気づいて、振り返って群衆を見回し、「わたしの着物にさわったのはだれか」と言われました。
 弟子たちも、そこに居合わせた人たちも、押し迫る群衆の中で、そのような人を見出すことは不可能だと思いました。人々は、少女が死ぬか生きるかの一刻を争う時に、そんなことは後回しにすべきだと、イエス様に対して苛立ちさえ覚えたことでしょう。
 しかしイエス様は、信仰を持って触れた婦人の行動を、ヤイロの娘を助けたいのと同様大切に受けとめたのです。そのキリストの心を学びましょう。(伊藤)

「奇跡の記念碑」 ヨシュア記4:1〜5 伊藤 牧師 

2001年3月18日
 イスラエル人にとって、エジプトからの脱出の始まりには、神の奇跡によって紅海を横断しました。そして今、出エジプトの終わりには、水かさのましたヨルダン川を全員が横断したのです。両方とも、イスラエルの人々にとっては歴史的な記念すべき出来事でした。
 三章で学んだように、ヨシュアは、祭司たちに「契約の箱」を担ぎ、ヨルダン川に踏み出して行くように命じました。その時、ヨルダン川は岸一面にあふれておりました。しかし、「契約の箱」を担いだ祭司たちの足の裏がヨルダン川に触れた時、川は堰き止められ、祭司たちは乾いた地に立ち、イスラエルの人々は乾いた川底を渡ったのです。
 ヨシュアは、この「契約の箱」を担いで祭司たちが立った所から十二の石をとり、カナンの第一歩の地ギルガルに、神様が彼らにしてくださった記念に、記念碑を建てるように命じたのです。
 四章は三章同様、ヨルダン川を渡った記事ですが、中心は民がこのヨルダン川を渡るのを可能にした、主の大いなる奇跡を記しているのです。  (伊藤)

「愛なる神様」 ヨハネ福音書3:16 市川副牧師 

2001年3月25日
 ヨハネによる福音書三章一六節について「聖書を一言で言い表すとしたら、この一節を挙げることができる」「聖書が失われても、この一節が残るなら人は救われる」などとと言われます。これは聖書の中心のみことばです。
 私たちすべての人間は、おいしい食べ物でも、やがて腐ってゆくように、自分の罪のために滅びなければなりません。
 この原則は、犯罪者にも、善良な市民にも、健康な人、病んでいる人、富んでいる人、貧しい人にも、日本人、外国人にも、世界の全ての人に該当します。
 しかし神様は、そのような滅びゆく私たちを愛して、ひとり子イエス・キリストを送ってくださいました。キリストは人間の罪をあがない、救うために、十字架について死なれました。これによって神様の一方的な愛による救いの道が用意されたのです。
 ここに示された「滅びの運命」と「永遠の命の約束」。このみことばに導かれてキリストを信じ、永遠の命をいただく人は何と幸いでしょう。   (市川)