館林キリスト教会

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礼拝のメッセージ 2005年1月

「イエスを仰ぎ見つつ走ろう」 ヘブル人への手紙12:1〜3 伊藤 牧師 

2005年1月2日
   新しい年が始まりました。私たちは、この新年を走り出すスタートラインについた時であるといえるでしょう。
 私たちの一年の歩み、または人生の歩みというものは、しばしばマラソンにたとえられます。ですから、ヘブル人への手紙十二章一、二節には「いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競走を、耐え忍んで走りぬこうではないか。 信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。」と勧められているのです。
 多様化した現代は、何に焦点を置き、何を目標に生きていけばよいか分からない時代です。「何となくしあわせ」に生きているという人が多いかも知れません。しかしそうした人にトラブル、ハプニングが起こると、すぐ対応できず、悲劇が生じる例も少なくありません。  
 このヘブル人への手紙十二章は、私たちが自分の人生の目標をしっかりさせていくために、信仰生活で大切にしなければならないことが書かれています。
 今朝は、この御言を学びたい。(伊藤)

「雲の柱、火の柱」」 ヨハネによる福音書7:37〜39 伊藤 牧師 

2005年1月9日
  今から約3500年位前、イスラエルの民は400年もの長い間、エジプトにおいて奴隷として仕えていました。
 しかし、モーセ指導の下に神様の偉大な力で、エジプトを脱出したのです。
 出エジプト記13章22節に記されている「雲の柱、火の柱」というのは、約200万人ものイスラエルの民がエジプトを脱出し、約束の地カナンに向かう時に、その民に現れた神様のご臨在のしるしでした。
 この目に見える神様のご臨在のしるしは、新約聖書においてはイエス・キリストという形で明らかになります。
 イエス様が生まれる時に、主の使いは「その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」と告げました。インマヌエルとは「神われらと共にいます」という意味です。そのイエス様が、復活し、昇天される時に、「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」と約束してくださったのです。
 今朝は、「雲の柱、火の柱」としご臨在してくださった神様が、今も私たちと共におられる恵みをお話します。(伊藤)

「誘惑に勝つ<生活問題>」 マタイによる福音書4:1〜4 伊藤 牧師 

2005年1月16日
 昔から、「人生は戦い」などという言葉を聞きますが、生きていくことの厳さを言っているのだと思います。
 実際、私たちの生きているこの世の中には、どうしてこんなに筋の通らないことが多いのかと思うことがあります。
 なぜこの世の中に、こんなに苦しい病があるのだろうか。なぜこの世の中に、こんな醜い争いがあり、多くの弱い人々が犠牲になっているのだろうか、という問題があります。
 それに加えて、私たちの人生に絶えず襲ってくるさまざまな誘惑に対する戦いがあります。こうした誘惑に対して、どうすれば勝利を得ることができるのでしょうか。それを学ぼうとするならば、イエス様が荒野で悪魔に試みられて勝利されたところを学ぶのが最適だと思います。
 そこで、これから三回に分けて、イエス様が見えざる敵である悪魔の誘惑に勝たれた方法とその力を得た秘訣についてお話したいと思います。
今朝は、生活問題に対して悪魔の誘惑に勝つ方法を学びましょう。 (伊藤) 

「ナアマン将軍」 列王紀下、5:1 市川副牧師 

2005年1月23日
 スリヤはイスラエルの北方に隣接している国です。現在もシリヤ、イスラエルは隣国同志で、仲がよくありません。
スリヤの将軍ナアマンは勇気があり、戦いに強い軍人です。ことにイスラエルとの戦争で、何度もスリヤに勝利をもたらしました。ナアマンは王様に信頼され、国民から尊敬された立派な将軍でした。地位も名声も財力もあり、すべてに恵まれていました。
しかし、ナアマンは重い皮膚病で苦しんでいたのです。当時としては治る見込みのない病気でした。
彼の家には、イスラエルとの戦争で捕虜になって連れてこられた少女がいました。少女は奥さんの召使として仕えていました。御主人ナアマン将軍の病気を知ると、奥さんに「わたしの国の、神様に仕える預言者のところに行けば、きっと治してもらえます」と話したのです。
この言葉が糸口となり、ナアマンはイスラエルへと出かけました。ナアマンはそこで病気の完治に留まらず真の神様への信仰による救いを受けたのです。  (市川)

「深みに漕ぎ出しなさい」 ルカによる福音書5:1〜6江森 五男 

2005年1月30日  今朝は、教会役員江森五男兄が礼拝説教のご奉仕にあたってくださいます。
 以下は江森五男兄の導入の文章です。
 つい先日新しい年を迎えたと思ったら、もう一ヶ月が終わろうとしています。
 さて、本日の説教題「深みに漕ぎ出しなさい」は新改訳聖書の方から取りました。そして取り上げた人物が、前回の「ペテロの信仰告白」と題して話したペテロなんだと、自分ながら愕然としました。
 本日のテキストの箇所も、イエス様のなされた奇蹟の中の一つです。
 牧師をやっている友人やクリスチャンの教師をしている方々に「どうしてその職に就いたのですか?」と聞きますと、何人かの人はためらわずに十節の「今からあなたは人間を取る漁師になるのだ」というイエス様の呼びかけを個人的に聞いたので、その職に就いたのだといいます。私自身もそうでした。
 今朝は、ルカによる福音書五章一節から十一節を通して、この短い物語の中で交わされたイエス様とシモン・ペテロのやりとりの言葉の中から三つのことを学んでいきたいと思います。