館林キリスト教会

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小林前牧師 コラム集(30) 「希望のダイヤル原稿」から

 謙遜になったパウロ 2003年5月4日

 有名な使徒パウロは最初はキリスト教がきらいで、クリスチャンたちをいじめていました。
 それにはパウロなりのわけがあって、真の神はただ一人と教えられているのに、イエス・キリストは、神の子、神からの救い主、すなわち神様だ、という主張が納得がゆかない。次に、救い主が十字架の上に、不名誉な死に方をするようでは、人を救うことができるはずがない、これはニセモノだ、と思いつめていました。そして、クリスチャンたちの主張するように、キリストの十字架を信ずるならば、誰でも一切の罪を許されて、神に受け入れられる、ということは、長年の努力を傾けて、神のおきてを実行して来た、という自負を持った、パウロのプライドをきずつけるものでした。
 ところが、ダマスコまでひろがっていったキリスト教をやっつけようとして、出かけていったパウロに、あるときキリスト自らお会いくださったのです。
 死から復活して、栄光の中に永遠に生きていらっしゃるイエス・キリストのお顔を見た時、パウロは自分の間違いと、恐ろしい罪を知りました。しかもキリストはその十字架の愛をもって、パウロをゆるし受け入れてくださったのです。それからパウロは、前回お話したように、生まれかわって、今度は命がけのクリスチャンになったのです。
 自信とプライド、これは胆汁質の人の欠点です。こういう人は謙遜を学ぶことが大切です。キリストはパウロに、謙遜を与えてくださいましたから、このあとパウロは、自分の考えに固執して、どこまでも押し通したり、自分の力で何でもやろうとする態度がなくなりました。そして聖書の中で次のように言っています。「主が言われた、『わたしの恵みはあなたに対して十分である。わたしの力は弱いところに完全にあらわれる』。それだから…むしろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。…なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである」この原則はいつも大切です。神様との関係でも、人間同志の関係でも。

 パウロの恩人バルナバ 2003年5月11日

 二回にわたって使徒パウロのお話をいたしました。パウロはダマスコのクリスチャンを逮捕するつもりで、勢いこんで出かけたのですが、途中で急転直下クリスチャンになったことをお話しましたね。
 そのあと、パウロは今度はエルサレムのクリスチャンたちのところへ行って「こういうわけだからこれから仲間に入れて下さい」とたのみましたが、なにしろ今までのパウロがパウロでしたから、みんな気味わるがって仲間に入れようとしませんでした。ムリもない話です。
 ところがここに、バルナバというクリスチャンがいて、パウロの話すことをよくていねいに聞いて、深い理解を示し、パウロを受けいれるように、クリスチャンたちに忠告したので、パウロはやっと仲間入りができたのです。
 ところが今度は、パウロと一緒にクリスチャンを迫害していたもとの、キリスト教反対の人たちが怒って「裏切り者のパウロを殺せ」ということで、大分危険なことになりました。パウロはもとより覚悟の上のことですから、危険に身をさらしても、クリスチャンとして頑張るつもりでしたが、バルナバたちは、しばらく時を待つように忠告して、パウロを故郷のタルソに帰しました。そして数年たったのち、アンテオケという町に、新しい、自由な空気の、しかも有力な教会ができた時、バルナバは「この教会こそ、パウロの活躍の舞台だ」と考えて、わざわざタルソまでパウロをたずねて行って、アンテオケにつれて来ました。これから次第に、パウロの大活躍が始まるのです。
 バルナバはパウロの恩人です。バルナバがいなければ、後のパウロはありませんでした。この、バルナバのような性格の人を「粘液質」と言います。こういう人は冷静で淡白で、ムキにならず、自分の主張よりもむしろ、よく人を理解します。安定的で人に信頼されます。しかしその反面、中心人物になったり、推進力になるのは苦手ですね。何事もそばで見ている方です。

 マルコの恩人バルナバ 2003年6月1日

 伝道旅行に出かける時も、バルナバとパウロは一緒でした。その時、マルコという若い熱心なクリスチャンも、手伝いやら見習いやらという形で、一緒に行きました。最初はバルナバが中心人物でしたが、実際に説教、伝道を続けているうちに、だんだん実力があらわれて、いつかパウロが中心人物のような形になりました。バルナバはニコニコしていて、一向そんな事は気にしません。その間にマルコは、伝道旅行が予想したより大変だったせいか、気持ちが参って、途中から引き返してしまいました。
 さて、改めて、またバルナバとパウロが、今度は二回めの伝道旅行に出かけようとしたとき、あのマルコが「今度は頑張りますからぜひ連れていって下さい」とたのみました。そこで、バルナバは「若い人の失敗は深くとがめないで、やりなおしのチャンスを与えよう」と、マルコを連れてゆこうとする。パウロは反対に「伝道旅行はどんな危険があるかわからない。全く命がけの仕事だ。意志の弱い、見込みのない人をおだててまきこむのは、かえってかわい相な結果になる。マルコは連れて行けない」と頑張ったので、二人はとうとう分かれることになり、バルナバはマルコを連れて別方面に出発しました。
 相かわらず、バルナバは寛容で、パウロは、伝道にも自分にも、また人にもきびしい人でした。しかし長い目で結果を見ると、甲乙はつけられません。たしかにこのあと、初代教会の歴史の中心人物はパウロで、バルナバの活動については記録がありません。バルナバはパウロを離れて中心人物になる人ではありませんでした。
 しかし、この時バルナバによって再び受け入れられたマルコは、後に大物になりました。パウロもマルコを尊重して、つき合うようになりました。また新約聖書のマルコによる福音書は、このマルコによって書かれたのです。
 パウロとバルナバの分裂は悲劇でしたが、神様と自分に対して忠実である限り、胆汁質の人も粘液質の人も、りっぱに神様のお役に立ったのでした。

 愛の基準 2003年6月8日

 新約聖書、コリント人への第一の手紙13章は、むかしから「愛のキャノン」として有名です。
 「キャノン」とは「標準、基準」のことで、長さをはかる場合は、ものさしが基準、目方をはかる時は、はかりが基準です。またまっすぐな線を引こうと思うと、定規という基準を使わないと、我々には正しい線は引けません。ではなぜ愛に基準が必要でしょうか。
 一体愛は、非常に美しく、幸福で、大切なものです。愛があれば人間も、家庭も幸福、愛がなければ淋しく不幸です。
 だから、愛を獲得するか、愛を失うかの瀬戸際に立つと、人間は思いつめて自殺することもある。反対に人を殺すこともあります。ましてこれが、間違った愛となると、とても危険なものです。間違った愛のためにどんなに沢山の家庭が破壊されているでしょう。どんなに沢山の若者が堕落してゆくでしょう。自分の子供が人に愛されて幸福になってほしいと願う反面、間違った愛にまきこまれては大変だと、いつも親たちは心配しているのです。
 だから、正しい愛とあぶない愛を見分ける基準、また正しい愛の生活に進む基準が、人間にはどうしても必要なのではないでしょうか。
 さて、この章に、本当の愛の性格が14条記されています。順々にお話して見ましょうか。
 第一に「愛は寛容である」とあります。寛容とは、人を理解し受け入れる、豊かな広い心です。一体人間は顔が違うように性質も違います。好みも違う、やり方も違う。それをむりに自分の好みに合わせようとしてもダメです。また人を批評したり、バカにしたり、排斥したりしていては、人間関係はなり立ちません。
 また失敗や迷惑があった場合に、深くとがめず、理解し、許し合うことが寛容なのです。
 まず何よりも、愛は人間同志の理解であり調和です。これがあなたの、またあの人の、第一の愛のリトマス試験紙であり、反省と努力の目標です。