館林キリスト教会

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小林前牧師 コラム集(30) 「希望のダイヤル原稿」から

 臆病な人こそ勇敢 2003年2月2日

 キリストは人々の嫉妬や憎しみのために攻撃されて、危険なことがしばしばありました。ある時、ユダヤ地方で、あやうく石で打ち殺されそうになったので、ペレアの地方に避難しました。
  ところがすぐに、ユダヤ地方に住んでいる、熱心なキリスト信者の一人が重い病気になった、とその家族から連絡がありました。キリストは暫く祈りながら考えた末「わたしはラザロの病気を治してあげるために、もう一度ユダヤにゆく」と言われました。弟子たちは恐れました。そして「それは危険です」とか「わざわざおいでにならなくても、ラザロの病気は治るでしょう」とか反対しました。これらの反対に対して、キリストがいろいろ説明説得しようとしている様子が、ヨハネによる福音書
  11章に書いてあります。
  12名の弟子の中の一人、トマスは、いわゆる憂うつ質で、こういう時にも、なかなか発言せず、黙って人の言うことを聞いて考えている方でした。こういう性質の人は、慎重なかわりに決断、実行をためらい、物ごとを悲観的に見る方で、言わばいくらか臆病でした。ところが彼は最後に、みんなの論議の結論を出すように「わたしたちも行って、先生と一緒に死のうではないか」と言いました。彼は表面のやり取りよりも問題の奥そこを考えていました。もっとも悲観的な成行きを充分考えていました。そして覚悟ができました。「どうなっても自分たちは先生と一緒にゆくはずだ」と。こういう人は、覚悟ができたら、すばらしく強いのです。そして、途中どんな事があっても、すでに計算ずみ、覚悟ずみですから、今更驚くことなく、最後までやりぬくねばり強さも持っています。
  ユダヤに行った弟子たちが目撃したのは「ラザロの復活」という、最大の奇跡でした。トマスはそれを見て、キリストに従う生活の力強さを深く感じました。「憂うつ質の人間こそ、キリストに信じ従うことが、一番必要、大切なのだ」と

 たのしい人間 2003年2月9日

 人間は顔が違うように一人一人性格も違い、本当に十人十色です。これは神様のみこころなのでしょう。それぞれの性格の長所は伸ばして、精一杯自分の使命と役割を果たして、充実した一生を送るように、神様は望んでおられるのです。また、性格にともなう短所はこれをカバーし、整えてゆかなくてはならないので、そのために、特に神様の助けを祈らなければならないのです。
 むかし、ギリシャの、お医者さんでもあり哲学者でもあったヒポクラテスは、人間の性格を四つに分類しました。つまり、多血質、憂うつ質、胆汁質、粘液質です。
 多血質の人は、外の刺激に対してすばやい、はげしい反応を示します。いろいろ比べてみたり、考えてみたりしません。すぐ何か言い、すぐ何かをやり出す。テキパキした人です。その反面、別の新しい刺激にもすぐ反応するので、気分屋だと言われる。じっくり考えること、ねばり強い持久戦などはニガ手で、気分とともに行動も生活も、浮き沈みがはげしい。こういう人は、いつも何かに感動しているので、人生に退屈しない。考えすぎてクヨクヨすることも少ない。たのしい人間ですが、いくらかアテにならないわけです。
 キリストの弟子のペテロはそういう人でした。キリストが弟子たちに「みんな私のことをどう思っていますか」と聞いたとき、すぐペテロは「あなたは神の子、救い主です」と言って、非常にキリストに喜ばれ「私はあなたを土台にして教会を立てよう」とまで賞賛されました。続いてキリストがやがて十字架にかかって殺されることをお話になると「先生、絶対にそんな事になってはいけません」と反対したので、今度はキリストから「悪魔よ、しりぞけ」と叱られました。正直で一生懸命でしたが、どうも上り下りのはげしい人でした。このお話は次回もつづけます。

 うきしずみ 2003年3月30日

 「あしたはキリストが十字架の上で殺される」ということがハッキリした前の晩のことです。弟子たちはもう恐怖と緊張で青ざめていました。
 キリストはペテロに「わたしがあした十字架にかかるのは、お前たちにはひどいショックだが、わたしはお前がそのために、信仰まで失ってしまわないように、特別に祈っているよ」とおっしゃいました。ペテロは「いいえ、イエス様、わたしは大丈夫です。ほかの弟子が全部逃げてしまっても、私は逃げません。あなたといっしょに、牢獄の中でも、殺される時でも、最後までお供します」と言いました。そのまごころに嘘はなかったのです。ところがどうでしょう。キリストが逮捕された時、人々がペテロに「この人もイエスの弟子だぞ」と言いますと「いや、おれはイエスの弟子なんかじゃないぞ。イエスとは他人だ。関係なしだ」と言って逃げてしまいました。その時キリストは、じっとペテロを見つめましたが、それは決して怒った目ではなかったのです。ペテロは「ああおれは、一番大切な時に先生を裏切ってしまった」と、泣いていました。
 キリストが死から復活した時、もう一度弟子たちにお会いになりましたが、ペテロだけには単独で会ってその裏切りをゆるして下さったのです。ペテロがキリストを一度裏切ったあとも、信仰を失うことがなく、ほかの弟子たちと一緒にキリストのために働くことができたのは、キリストの祈りと、愛と、ゆるしによるのです。
 ペテロは、典型的な多血質で、浮き沈みの多い人間です。こういう人にとって本当に必要なのは、深く人間の長所も短所も理解して下さる、そして愛して下さる、救い主キリストです。そして、もしキリストを信じて救われ、キリストの恵みと教えと、ご訓練の中に生きるならば、長所はのばされ、短所はカバーされ、りっぱな人格者として、クリスチャンとして、完成されてゆくでしょう。

 意志の人パウロ 2003年4月13日

 使徒パウロという人は、初代教会の大立て者ですが、少年時代に、自分の人生のコースをきめる時に、人生の眼目は、その人の一生が、神様に喜んで頂けるかどうかにあると考えました。自己満足の人生もあるし、人の賞賛を追い求める人生もあるが、短い一生にとどまらず、永遠の価値と言えば、まず神様によって価値を認められるものでなければならない、と考えたようです。そこで、一番きびしいと定評のある「パリサイ」という、宗教グループに入り、とうとうその学派の先生になりました。彼はとても意志が強く、一度こうときめたことは、トコトン最後までやり通す人で「とても熱心だった」「誰よりも進歩が著しかった」また「どんなにパリサイの教えがきびしくても、私については、勉強でも修養でも、まず文句のない人間になった」と言っています。こういう性格のことを「胆汁質」と言います。
 こういうタイプの人は、あまり周囲の影響をうけないで、自分で決定し、決定通りに実行する。意志が強く決断力が強く、勇敢で実行力がある。うまくゆけば勢いにのるし、困難抵抗があれば、ファイトと片意地が湧き上る。ナマケル、アキラメル、不平や愚痴はあまり出てこない。その反面、自信家で、支配意識が強く、高慢横柄、プライドがありすぎるなど、鼻もちならない人にもなることがある。
 パウロはキリスト教には反対でしたが、いかにもパウロらしく徹底的にクリスチャンを迫害して、つかまえたり、殺したりしました。しかし、ある日突然、彼は百八十度転向してクリスチャンになりました。その結果、余生をささげてキリスト教の伝道にしたがい、実は新約聖書の三分の二は彼が執筆したのです。世界中を旅行して、困難迫害のために血まみれになりながら、初代教会のほとんどを建てました。そして最後にキリストのために、ローマで殉教しました。さすがパウロでした。次回は一体なぜ急にパウロはクリスチャンになったのか、そのお話をしましょう。