館林キリスト教会

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礼拝のメッセージ 2010年1月

「希望と信仰と愛」 コリント人への第一の手紙13:1〜3 平山  透

 2010年1月31日
毎年、第五日曜日は、信徒の方が説教のご奉仕にあたって下さる。これは館林キリスト教会にとっては大きな恵みだ。今朝は、平山透兄がご奉仕に当る。祈りを持ってお聞き下さい。左記の文章は、今日のお話の平山透兄の序文です。
 コリント教会の人々には、預言する者、様々な知識等の賜物を持っている者がいることをパウロは述べています。
 しかし、これらの賜物は永遠に続くものではなく、一時的なものであると言っています。
 これに対し、いつまでも残るものがあるとパウロは言っています。それは「信仰と希望と愛」です。
 信仰とは、神様を信頼することであります。希望とは、神様の救いを疑わないことだと思います。愛とは、神様を自分に取って第一とし、神様に仕えると同時に、隣人にも仕える生活をすることです。
 今朝は、、どんな時にでも信頼できる「信仰と希望と愛」について、ご一緒に学んでみたいと思います。(平山 透)

「新しい歩み」 創世記4:1、2 市川副牧師

 2010年1月24日
 エペソ人への手紙四章後半にはキリストを信じた人が歩み始めるべき新しい歩みについて記されています。「あなたがたが召されたその召しにふさわしく歩き」という四書一節のみ言葉について具体的な教えが記されています。
先ず挙げられているのは「異邦人がむなしい心で歩いているように歩いてはならない」ということです。当時も、真の神様を信じない多くの人々が形成する社会の中で、信仰者たちは生きていました。彼らの影響は常に社会に溢れていました。そこで生きる信仰者が心すべき事は、神様を知らない人々のように生きてはならない、という事でした。
信仰者は「古き人」を脱ぎ捨て「新しき人」を着るべきだとあります。これは衣服に例えた表現です。アダム以来の罪のもとで考え語り行動する古き人を、汚れた服を脱ぎ捨てるように脱ぎ捨て、キリストを信じて与えられた御霊による新しい命に生きる新しき人を、清潔な服を着るように着なさいと。こうして主にある新しい生活に歩み出すことができ、歩み続けるのです。  (市川)

「弟ベニヤミンとの再会」 創世記、43:1〜10 伊藤 牧師 

2010年1月17日
 ヤコブ一族は、一度エジプトから持ち帰った穀物を食い尽くしましたが、再びエジプトに行くためには、弟のベニヤミンを連れて行かなければなりませんでした。
 ヤコブは、食物の窮乏という差し迫った問題と、最愛の末っ子ベニヤミンをエジプトに連れていかなければならないというジレンマに陥って、苦悩の日々を送っていました。
 しかし、ヤコブは、ついに、ユダの真剣な勧めを受け入れ、「もしわたしが子を失わなければならないのなら、失ってもよい」と、悲痛な決心をしたのです。彼にこのような決意をさせたのは、「どうか全能の神が??ベニヤミンを返させてくださるように」という、神への信頼と祈りだったのです。
 ヨセフと兄弟たちとの再度の対面は、前回よりも親密なものになりました。ヨセフが一行の中にベニヤミンのいるのを見て、兄弟たちを自分の家での昼食に招待したからです。
 今朝は、ヨセフと「弟ベニヤミンとの再会」について学びましょう。(伊藤)

「みことばのダイジェスト版」 ヨハネによる福音書3:16 伊藤 牧師 

2010年1月10日
 ヨハネによる福音書三章十六節のみことばは、聖書の中の聖書とも言われるほど有名な箇所で、ゴールデン・ヴァース(黄金の聖句)とも呼ばれている。
 小林先生は、この箇所が「三行の聖書」とも言われる、と教えて下さった。
 同志社大学を創立した新島襄は、函館から外国船ベルリン号に乗り込み、密航してアメリカに行く途中、太刀は自分を船に乗せてくれた恩人セーヴォリー船長に贈り、途中上海で小刀を売って漢訳聖書を手に入れ、読んだという。そして、このヨハネによる福音書三章十六節に出会うや、この句こそは「宇宙の中の太陽のごときもので、福音の真髄である」と感嘆し、生涯で最も深い感銘を受けたと言っていた。
 マルチン」・ルターは、この箇所を「小聖書」と言い、「もし聖書の他の箇所が失われたとしても、この箇所があれば、人は救われる」と言ったと言う。
 確かに、ヨハネによる福音書三章十六節は、「みことば(聖書)のダイジェスト版」で、私たちに「救いの道」をはっきり教えている箇所である。 (伊藤)

「みことばを慕い求めて歩もう」 ペテロの第一の手紙2:1、2 伊藤 牧師 

2010年1月3日
 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 私は牧師として、例年のように、新しい年を迎えるにあたって、私たちの教会にとって何か目標、指針となるべき御言葉を求めて祈るようになっています。
 今年は、祈りつつ示されている御言葉は、司会者の方に読んでいただきましたペテロの第一の手紙二章一、二節の御言葉です。この御言葉から今年の目標としたいタイトルを「みことばを慕い求めて歩もう」としました。
 ペテロは二章二節で、「今生れたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。それによっておい育ち、救に入るようになるためである」と勧めています。
ここには私たちがクリスチャンとして成長するために二つのことが勧められています。
第一は、悪意、偽り、偽善などを捨てなさいということです。 
第二は、霊の乳(御言葉)を慕い求めなさいということです。  (伊藤)