館林キリスト教会

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礼拝のメッセージ 2001年9月

「魂の価値」  マタイによる福音書16:26 伊藤 牧師 

2001年9月2日
 キリストはここで「全世界」と「自分の命の価値」を対比させて語っています。
 この「命」は「魂」とも訳せます。キリストが、一人の魂は全世界よりもまさると言われたのは、この「魂」が、死んでも滅びることなく永遠に続くものだからです。この世の物を得るために「魂」を失うことがあるならば悲劇です。どんなに物が豊かであっても、困難の時には案外役に立たないし、また傷ついた心をいやしたり、孤独な魂を慰めることはできないのです。キリストは、この世の価値のあるものばかりに気を取られて、自分の魂のことがおろそかにならないようにここで教えているのです。
 このようなわけで、人の魂が救われて永遠の命を得るのは全世界を得るよりも素晴らしいのです。そして、この意味を知って生きることはとても重要だと思います。
 今朝は、聖書が語る私たちの「魂の価値」について、ご一緒に学びたいと思います。  (伊藤)

「神様を呼ぶ」  詩篇50:15 伊藤 牧師 

2001年9月9日
 詩篇50篇の冒頭には「アサフの歌」と書いてあります。このアサフという名前は、神殿に仕えていた聖歌隊の人たちの群れであろうと言われています。詩篇には、この「アサフの歌」が幾つか出てきますが、共通しているのは、そのいずれもが教訓的です。
 15節には「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助け、」と書かれてあります。
 フランスの物理学者で、優れた思想家のパスカルは「この世の人はみな悩んでいる。王様も貴族も、若者も老人も、すべての人々が苦悩の生活を営んでいる」と言っています。
 そうした中で、この詩篇のみことばは、多くの人たちが、悩みの日に神様に呼ばわり、神様の助けを得て悩みの日を乗り越え、自分を支え、励まし続けてきたみことばとして感謝しています。
 そしてこのような多くの人々にまさって、このみことばは高齢者の方々に励ましと慰めを与えてきたと思います
 今朝は、「神様を呼ぶ」ことの出来る祝福についてお話します。  (伊藤)

「ヨシュアの告別説教」 ヨシュア記24:14、15 伊藤 牧師 

2001年9月16日
 今回で、ヨシュア記の学びは最後になります。
 人は年が進み、老人となって、主に召される日も近い事を知る時、親しい人たちに大切な事を遺言として残しておきたいと願うのではないでしょうか。
 このヨシュア記二十四章は、二十三章と共に、晩年のヨシュアが、人々に語られた遺言ともいうべき説教です。
 先の二十三章には、人々の指導者たちへの説教のみが記されているのに対して、この二十四章では、すべての人々への説教と共に、人々が主に仕え、主の御声に聞き従うという契約を結んだことが書かれています。
 みことばを聞くということは非常に大切です。しかし、ただ聞くだけの者であってはならないと思います。ヤコブの手紙にも、そのような人は「自分を欺いて」いるのだと書いてあります。みことばを聞いても行わない人がいるなら、その人は結局、みことばを素直に受け入れず、信じない人だからです。
 今朝は「主のしもべ、ヌンの子ヨシュア」の告別説教を学びましょう。

「少年ダビデ」 サムエル記上16:1 市川副牧師 

2001年9月23日
 サウル王は、王位から退けられました。サムエルは、サウルのために悲しんでいましたが、神様は、新しい王様を選び分かつために、サムエルに「角に油を満たし、それをもって行きなさい」とお命じになりました。
 「角に油を満たす」とは、動物の角に任職の油を満たすことです。これを、注ぎかけて、ある人を王様として選び、任命するのです。
 サウルは、神様のみこころのうちでは、王位から退けられましたが、まだ、その地位にありました。ですから、サムエルが別の人物を王として任命したとわかったら、どうでしょう。サムエルは「サウルがそれを聞けば、わたしを殺すでしょう」と言っています。
 しかし、サムエルは出かけました。目的地はベツレヘムです。そこに住むエッサイという人の子供たちのうちに、神様がお選びになった、その人がいると、告げられたからです。 その日、サムエルはひとりの少年に王としての任職の油を注ぎました。 (市川)

「新たなる出発」 テモテ第二の手紙3:10〜17 江森 五男 

2001年9月30日
 今朝、礼拝の説教のご奉仕にあたられる江森五男さんは、この講壇に立って、何回も説教のご奉仕をされた信徒説教者の一人です。
 長い間、高校の英語教師として教壇にたち、大勢の生徒たちを教えていらっしゃいます。結婚式、その他の行事等の集いで、話されたワンポイントの英語を含めたスピーチは、多くの人たちに印象深く残っているのではないでしょうか。
 また、一般の新聞にも投稿し、ご自分の意見、感想を述べるなどしています。ある人は、新聞に掲載された江森さんの文章を読みながら、この人は「クリスチャンみたいな人だなあ」と思っていたら、最後に江森五男と書いてあったので、驚いたと言っていました。
 さて、今朝は「救いの持続と戦い」と言う題で、メッセージを取り次いでくださいます。新しく生まれることも大事ですが、成長していくことはもっと大事ななことです。クリスチャンが豊かに育まれていくために何が大切か、重要なポイントを解き明かしてくださいます。耳を傾けてお聞きください。  (伊藤)