館林キリスト教会

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市川副牧師 コラム集(24)

 洗 礼 2010年7月25日

 洗礼は、罪の悔い改めと、救い主キリストを信じる信仰によって救われ神の子とされたという、キリストに対する信仰を公に表明する式です。洗礼によって象徴的に表されていることは、古い自分はキリストと共に十字架につけられて死に、キリストが死人の中からよみがえられたように、キリストのいのちによって生かされた自分が、キリストと共によみがえらされたこと。罪に対しては死んでおり、キリストのいのちに生きていることなどです。
 「キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。」ローマ人への手紙6章3節4節

 仮庵(かりいお)の祭 2010年12月26日

 「イスラエルの人々に言いなさい、『その七月の十五日は仮庵の祭である。七日の間、主の前にそれを守らなければならない。』」レビ記23章34節
 「初めの日に、美しい木の実と、なつめやしの枝と、茂った木の枝と、谷のはこやなぎの枝を取って、七日の間あなたがたの神、主の前に楽しまなければならない。あなたがたは七日の間、仮庵に住み、イスラエルで生れた者はみな仮庵に住まなければならない。これはわたしがイスラエルの人々をエジプトの国から導き出したとき、彼らを仮庵に住まわせた事を、あなたがたの代々の子孫に知らせるためである。わたしはあなたがたの神、主である』」レビ記23章40節42節43節
 ユダヤの三大祭のひとつ仮庵の祭は春の過越の祭から数えて7ヶ月目に行われました。第七の月は太陽暦では九月から十月にあたります。十五日から七日間行われました。後に八日間になりました。
 初めの日に聖会を開き八日目にも聖会を開きました。(レビ記23章36節)。
 七日間なつめやしなどの枝でできた仮小屋に住むよう命じられていることから仮庵の祭と言われています。  イスラエルの人々のエジプト脱出、約束の地カナンをめざす荒野の旅での仮の住まいの日々も、主が共にいて養い導き続けてくださったことを感謝し、記念しました。また、仮庵の祭は取入れの祭とも言われました。
 「…あなたの勤労の実を畑から取り入れる年の終りに、取入れの祭を行わなければならない。」出エジプト記23章16節古くは秋の収穫時期に新年が始まったことから「年の終りに」と言われているということです。収穫の感謝と喜びの時でもありました。

 いちじく桑 2011年5月29日

 エリコの町に住んでいたザアカイが登ってイエス様にお会いしたのが、いちじく桑の木でした。ルカによる福音書19章に記録されています。
 これは桑ではなくいちじくの一種で果実も桑の実ではなく、小さいいちじくの実をたくさん結ぶということです。しかし、小粒のため商品にはならないようです。常緑樹で直径1メートル、高さは30メートルにも及ぶものもあるそうです。イスラエル旅行をなさった方々はエリコの町に自生している大木のいちじく桑の木を背景にスナップ写真を撮ったみなさんも多いと思います。
 旧約聖書アモス書にはアモスがいちじく桑を栽培していたことが記されています。アモス書7章14節
 アモスはアマジヤに答えた、「わたしは預言者でもなく、また預言者の子でもない。わたしは牧者である。わたしはいちじく桑の木を作る者である。」
 アモスは紀元前700年代、ベツレヘムの南東の小さな村テコアで羊飼いをしていましたが主の導きのうちに北王国イスラエルの民に神の言葉を伝えました。当時の王はヤラベアム二世、南王国ユダではウジヤが王様でした。
 アモスの働きが終わりつつあったころホセアが北王国イスラエルの民に、イザヤとミカが南王国ユダの民に神の言葉を語り預言者として奉仕しました。アモスとは「重荷」「重荷を負う者」という意味だそうです。

 いのちの光のうちで神の前に 2011年7月24日

 「あなたはわたしの魂を死から救い、わたしの足を守って倒れることなく、いのちの光のうちで神の前にわたしを歩ませられたからです。」詩篇56篇13節
 今日は洗礼式が執り行われます。洗礼を受けるに至るまで、主はみなさんを導いてくださいました。これからも共にいてくださいます。
 主が救ってくださった恵み、今日まで主の恵みに生かされた恵みを、わたしたちも思い起こして改めて感謝し、この詩篇のみ言葉のとおり憐れみを与えてくださる主を見上げつつ歩みましょう。